ネパールには”SEWA”というコミュニティを形成するための考え方があります。”SEWA”は、お世話をするというような意味合いを持ち、ネパール社会に根付いている慣習のようなものです。元来、家族の絆が強いネパールでは自然に”SEWA”文化が育まれ、高齢者介護では自宅介護が一般的であり、家族を主体とする社会がネパール人の理想となっていました。

一方、ネパールでも近代化の流れに伴い、庶民の暮らし方も徐々に変わりつつあります。家族を重んじる家族形態も時代の流れとともに変化し、大家族から核家族世帯や老人世帯の増加は、ネパールも高齢化社会へと進んでいることを示しています。

最近では、近代的な高齢福祉施設も少しづつ増えてきて、自宅介護ではない新しい介護様式の導入も始まっています。ただ、習慣となる伝統的な介護にくらべると施設による合理的な介護に対しては、積極的に活用するまでには庶民の意識はまだ至っていません。高齢者にとっても家族にとっても、施設での介護には、心の準備と経済的な用意にも時間が必要となっています。

ネパールの社会福祉制度の導入

近代的な高齢者福祉施設の増加は、現代ネパールが高齢社会へと進んでいることを示し、従来通りの家族介護から新しい介護への提言が始まろうとしています。

2006年、ネパールでは初めて高齢者法が制定され高齢者のための社会福祉制度が導入されています。

ネパールの高齢者の介護は、家族や近隣住民とのコミュニティが大事な基盤となっていますが、高齢者法の制定によって高齢者福祉施設の運営も広く実施できるようになって来ています。

ネパールの高齢者福祉施設、老人ホームは70か所あります。(高齢者実態報告書2010より)。施設の運営は、政府、医療財団、民間、個人、ボランティアなどによるものです。

高齢者福祉施設への入居条件は60才以上、身体的、精神的虐待を受けた高齢者や無職の高齢者を対象としています。料金は、無料、寄付、会費制、または終末までの経費として納める入居者もいます。

高齢者福祉施設の認知度は、活用している一部の富裕層や海外在住ネパール人の親で現地在住者、海外で介護の仕事を経験したネパール人などから広がり、施設での介護が高齢者扶養のためのもうひとつの選択技となって来ています。

新しいライフスタイルへ、家族様式の変化

ネパールに高齢者福祉施設が増加して来た背景には、近代化の中で、おもに若年層や国際交流のあるネパール人たちの意識の変化が大きく影響しています。

ネパールの若年層の望む新しいライフスタイルは、伝統的なものではなく欧米化された消費生活であり、若者たちは実家を離れて農村から都市へ、外国への想いが強いネパール人たちはネパールから海外へと向かっています。

外国人労働者として海外を目指すネパールの若者たちは、稼ぐための目的ともうひとつ、伝統的なネパール社会からの脱皮が大きな理由となり、新しい理想形を目指して外へ外へと向かっています。

若い世代のネパール離れによって従来の大家族形態から核家族化へと変化し、家族不在の高齢者が増加することで自宅での介護ができなくなっている状況では“SEWA”文化の志しも少しづつ失われていく傾向が見られます。

ネパールの”SEWA”文化

”SEWA“というのは、古くからネパール社会のコミュニティを支えるコンセプトであり、日本語と同じような意味を持つ”世話をする”ということ。宗教色の濃いネパール社会の中で、介護や扶養、社会的な場面での人間同士のお付き合いにおいて、共存共栄しながら生きるための考え方です。

ネパール社会の伝統的なライフスタイルは、生まれてから死ぬまでを大家族というコミュニティの中で補い合って生きることです。よって必然的に高齢者介護は、施設ではなく家族がするという自然体な方法が受け継がれて来ました。

また、ネパールのコミュ二ティでは、身近な人に気軽に声かけできる環境と習慣があるため、高齢者介護においても、家族の他にも近隣住民との交流から助けられるケースもあり、ここにはネパールの”SEWA”文化が大きく反映しています。

人口分布による予測、ネパールの高齢化

高齢者を取り巻くネパール社会の変化は、ネパールの人口分布の推移にも表れています。高齢化現象を予測する人口分布の数値では、ネパールの高齢者率は5.91%であり、現在は高齢化社会に位置づけられていません。

ただし過去のネパールの人口分布の推移から見ますと、1990年代までは平均的なバランスを保っていましたが、2000年から最若年層の減少、2010年には中高年層が増加と子供の数が減少し始め、将来的な高齢化社会への兆候が表れています。

◆2021 年のネパールの人口分布

・総人口数       29,674,920     100%

・少年人口数  8,328,170     28.06%

・労働年齢人口数     19,592,653    66.02%

高齢者数      1,754,097     5.91%

◆世界保健機構(WHO)や国連の「高齢化社会」に対する定義

高齢化率が7%を超えた社会を「高齢化社会」

14%を超えた社会を「高齢社会」

21%を超えた社会を「超高齢社会」

さいごに

伝統的な考え方よりも合理的な方法が選ばれやすい時代には、介護においても同様に合理的で機能的、効率性が求められています。ただ、介護に不可欠な”お世話をする”という基本的なコンセプトが存在していることには変わりはありません。

現在のネパールでは、まだ家族の介護で終末を向かえる高齢者が多く”SEWA”文化の残る時代が継続しています。

今後、ネパールも先進国と同じように高齢者福祉施設での介護が浸透していくことに対しては、ネパール人のお世話の志しが残る介護がどのような形で構築されていくのか、”SEWA”文化の維持とネパールらしい介護が望まれています。

この記事を書いた人

shyu

海外在住ライター/ネパール国籍の配偶者と日本国籍の息子と日本人の私の3人家族。カトマンズに12年暮らす。 海外に住むということは、国籍はもちろん生まれも育ちも違う者どうしが、なんらかの関係性を保ちながら生きる修行をしているようなもの。 今後、日本で暮らし働く外国人が増えて行くことが予想される中、その動向を外国人の心情に寄り添った視点で発信していきたい。

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